家庭内暴力

 

適切な幼児教育は後の
人間形成において大変重
要であると考えています
が注意していただきたい
ことがあります。
幼児教育は完璧な育児や
教育を推奨するものでは
ないということです。


 ・愛情が第一を忘れない
 ・他の子どもと比較をしない
 ・完璧主義にならない
 ・結果を期待しすぎない
 ・ゆったりとした心を持つ
 子どもへの過剰な期待は
 親子共に大きなストレス
 になる可能性があります。
 ゆったりと構え、少しくら
 い上手くいかなくても
 「まぁ、いっか。」
 位に考えられることが幼
 児教育を続けられるポイ
 ントになります。 

家庭内暴力  はやし浩司先生の子どもの問題・悩みQ&A

はやし浩司先生●Q:はじめてメールいたします。


ここ一年、加速するようにドラ化する現中一の息子への対応に
悪戦苦闘している四五歳の母親です。
「不登校」「家庭内暴力」「奇声」というキーワードで検索して
いくつかたぐっていましたが、どれも琴線に響くものもなく、
溜息混じりに見つけたのが貴方の直言でした。
長い文筆にかかわらず、一気にスクロールしてしまうほどの
まさに迷う私にとって目からうろこの言葉の数珠繋ぎだったのです。

私は大学の同級生の夫と高一の長女、中二の長男の四人家族ですが、
主人は京都に単身赴任して三年になります。
思えば夫の赴任に伴って、悪化した長男の心身生活態度でしたが、
夫もマメに帰省してくれ、その度に息子と心通わす時間を持ってくれており、
「単身赴任だから」という理由付けで息子の変化を語るには悔しすぎます。

ただ、今の息子は達成感がなく、何事にもやる気のない、目標意識のない、何かにつけて
マイナス思考で、やり場のないストレスを家族にぶつけている状態です。
もちろん、何事も長続きせず、成績は下降の一途です。
時には恐ろしいくらい(明日新聞に載るのではないか?という気さえします)乱暴になり、
その刃は留守宅の私に集中して向けられ、夫が帰るとウソのようにいい子になります。
彼の状態を家族として夫に報告することが、息子にはタブーで半ば脅されたような
状態で、我慢しています。知らぬは主人ばかりなり。一体いつまで続くのか、
学校も中学になって一学期のうち約二〇日欠席してしまい、果ては「学校なんて辞めたい」。
小学校のころから、問題を起こしては責任転嫁をするので、学友からは浮き上がってしま
い、
本人も自覚するものの、引っ込みがつかなくなって自己矛盾に陥って悪循環。
見ていて痛々しくなってしまいます。

そのくせ、今も私のそばを離れず、注意を引くような、私が困るような行動をとるので、
今は、彼が何を探しあぐねて、彼がどう自分のことを考えてるのか、
様子を見ながら、笑顔をつくっている始末。乱暴時には怖くても何もできませんが、
息子と自分たちを信じて負けるまいと考えています。
ただ、時にどうしようもなく、逃げ込みたくなることもあり、死んでしまいたいとすら
思うほど落ち込んでしまいます。
恐らく何千の相談メールのなかで、こんなグダグダなど、取るに足らぬ甘いものだと
察しますが、ほんの少しでも、心を支える言葉を見つけられればと思い、
メール致しました。夫以外誰にもここまで話せません。
陥りやすい母親のパターンなのかもしれませんが、気長に構えるファイトが欲しくてなり
ません。ながながとすみませんが、よろしくお願いいたします。
(千葉県市原市・ESより)

+++++++++++++++++++

●はやし浩司より、ESさんへ
はやし浩司より、
メール、拝見いたしました。
 
息子さんを、R君としておきます。
 
R君は、思春期にありがちな、典型的な情緒不安と
思われます。みんなそうですから、あまり深刻にな
らないのが、賢明です。(情緒不安というのは、いわ
ゆる心の緊張感がとれない状態と考えてください。)
その緊張している状態に、不安が入り込むと、一挙に
暴走するわけです。暴力に向うプラス型と、引きこもり
などに向うマイナス型に分けて考えます。R君は
プラス型です。精神科で診断されると、青年期の
うつ病というような診断名をつけるかもしれません。
この名前を出してショックを受けられるかもしれませんが、
多かれ少なかれどの子どもも、そういった傾向を示しますので、
「うちの子だけが……」とは、思わないでくださいね。
 
言いかえると、この時期さえうまくくぐりぬけると、
症状は急速に回復しますので、あまり不安にならないように。
将来に対する不安を感じているのは、むしろ
R君自身と思ってあげてください。
成績がさがる、勉強がうまくはかどらない、しかし
みんなの中で目立ちたいなど、思春期の中で、
心の中がいつも緊張状態にあるのです。そのため
情緒そのものがたいへん不安定になっているのです。
まあ、いわば、心の風邪のようなもの。少し症状が
重いので、インフルエンザくらいだと思ってください。
いえ、決してなぐさめているのではありません。
ここにも書いたように、ケースとしては、たいへん
多く、またマイナス型(ひきこもり)と比べると
予後もよく、回復し始めると、あっという間に
症状が消えていきます。ですからここは「心がインフルエンザ
にかかっている」と思い、一歩退いた見方で、R君を
みるようにします。
 
で、いくつかコツがあります。
 
(1)今こそ、あなたの親としての愛情が試されている
ときと思うこと。今までのあなたは、いわば本能的愛、
あるいは代償的愛に翻弄されていただけです。しかし
今、あなたのR君に対する愛がためされているのです。
言いかえると、あなたがこの問題を、R君に対する
おしみない愛情で乗り越えたとき、あなたはさらに
深い親の愛を知ることになります。ですから決して
投げ出したり、投げやりになったりしてはいけませんよ。
「私はあなたにどれだけ裏切られても、あなたを
愛していますからね」という態度を貫きます。
いつかR君はそういうあなたに気づき、あなたのところ
に戻ってきます。そのときのために、決してドアを
閉じてはいけません。いつもドアを開いていてください。
そのためにも、「許して忘れる」です。
 
この「許して忘れる」については、私のサイトの
「心のオアシス」の中に書いておきましたから
トップページから開いて、ぜひ読んでみてくださいね。
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
 
(2)この症状は、「治そう」とは思わないこと。
「今の状態をより悪くしないことだけを考える」こと。
ここが大切です。この段階で、治そうと思うと、悪循環の
世界に入ってしまい、それこそ「以前のほうが症状が
軽かった……」ということを繰り返しながら、症状は
どんどん悪化(本当は悪化ではなく、親の過干渉、
溺愛からの解放をめざしているのです)します。
ですから、数か月単位で、R君をみるようにし、
そして今の状態をこれ以上悪くしないことだけを
考えて、様子をみます。私の経験では、これから
一通り、R君はおとなになる準備をし、落ち着き始めるのは
一六、七歳ころだと思います。あせってはいけません。
気長に考えるのです。
 
(3)冷蔵庫から甘い食品を一掃してみてください。
思い切って捨てるのです。そしてCA、MGの多い食生活
にこころがけます。子どもの場合、食生活を変える
だけで、みちがえるほど、静かに落ち着いてきます。
詳しくは、サイトのあちこちに「過剰行動児」という
項目で書いておきました。ヤフーの検索で、
「はやし浩司 過剰行動」で検索するとヒットできるはずです。
 
(1) R君は恐らく幼児期はいい子のまま、仮面をかぶっていた
はずです。お父さんに対する態度が違うところがそうです。
(お父さんはかなり権威主義者ですね。)そういう仮面の
重圧感に苦しんできたのですよ。わかりますか?
それを今、懸命に調整しようとしている。そういう意味でも
ごくありふれた、先ほども書きましたように、多かれ
少なかれ、どの子どももかかる、心のインフルエンザの
ようなものです。ただ外から症状が見えないから
どうしても安易に考えてしまう。そういうものです。
 
(5)進学ということよりも、R君がしたいこと、R君に
向いている面で、将来の設計図を一緒に考えてあげるのが
いいでしょうが、ただ今の状態では、まだ時期が早いかもしれ
ません。今、あれこれ動いても、R君自身をかえって追い込んで
しまうからです。心のリハビリを考え、
 
●何もしない、何も世話をやかない、何も言わない、何も
かまわない……という状況の中で、つまりR君から見て、まったく
親の存在を感じないほどまでに、気が楽になるようにしむけます。
こういうケースでは、扱い方をまちがえたり、子どもを追い込むと
たとえば集団非行、家出ということを
繰り返しながら、どんどん悪循環の輪の中に入ってしまい
ます。ですから、子どもの側から見て、安心できる家庭づくり、
ほっとする家庭づくりに心がけてください。(家出をしたら、
またまた何かとやっかいになります。)家にいるだけでも、
ありがたいと思いつつR君に「やすらぎ」を用意します。
つまり根競べです。本当に根競べです。
 
この問題は、今のあなたには深刻な問題ですが、
必ず笑い話になりますよ。巣立ちにはいろいろな
形がありますが、これもその一つです。ですから親の
あなたが一歩退いて、つまり子どもを飲み込んだ世界から
見るのです。決して対等になってはいけません。
 
あのね、R君は、あなたが不安そうな表情、心配そうな
表情を見ながら、自分の心の中の不安を増幅させて
いるのですよ。そういう心理を理解するにはむずかしい
かもしれませんが、一度それがわかると、「何だ、
やっぱり子どもだな」と思えるようになります。ためして
みてください。
 
私の知人(女性)の長男も、高一のとき、無免許でバイクに乗り、
事故を起こし、逮捕、退学。いろいろありましたが、今は
笑い話にしています。(その分、その知人はみちがえるほど
気高い母親になりましたがね……。)いろいろみんな
あるのです。決して、自分だけが……とは思わないこと。
追い込まないこと。わかりますか? 
 
私のサイトの中に、「タイプ別子育て」という
コーナーがありますから、その中から非行なども
読んでみてください。参考になると思います。
 
子どもというのは不思議なもので、親が心配したところで
どうにかなる存在ではないし、しかし放っておいても
自分で育っていくものです。そろそろ子離れを始めてください。
(子どものほうはとっくの昔に親離れしているのですよ。)
 
子育てはまさに航海。「ようし、荒波の一つや二つ、
越えてやる」「十字架の一つや二つ、背負ってやる」
「さあ、こい」と怒鳴ったとき、不幸(本当は不幸でも
何でもないのです。あなたも子どものころ、品行方正の
女の子でしたか? ちがうでしょ!)は、向こうから
退散していきます。
 
R君は、今、自分の将来に大きな不安をもっています。
うまく口ではそれを表現できないだけですよ。だから
態度や行動でそれを示している。繰り返しますが、心の風邪
です。だれでもかかる、思春期の熱病です。(外の世界で
暴れれば問題ですが、いわゆる家庭内暴力というのです。)
本当にありふれた症状です。だからあまり深刻に、(いえ
今は深刻ですが……。決して深刻でないとは思って
いません。)そういうふうに一歩退いてみるのですよ。
決して、R君を追い込まないこと。「がんばれ」とか、
「こんなことでは、高校へ行けなくなる」とか、そういう
ふうに追い込んではいけません。(多分、あなたの
夫は仕事人間で、そういう姿を彼は見て、よけいに
不安になるのかもしれませんね。)
 
あまりよい回答になっていないかもしれませんが、
何か不安なことがあれば、またそのとき、メールを
ください。力になります。いつか必ず笑い話になり、
そしてそのときあなたは「子育てをやり遂げた」「子どもを
信じた」「子どもを愛しぬいた」という満足感を得られます。
そういうときが必ずきますから、どうか、どうか、その日を
信じてください。みんなそうなりましたから。私が経験した
同じようなケースは、みな、そうなっています。だから
私の言っていることを信じて、前向きに生きてください。
 
そうそうあなた自身の学歴信仰とか、学校神話の
価値観を変えることも忘れないでください。そのために
いろいろなコラムを書いていますから、また読んでください。
マガジンも発行しています。
 
みんながあなたを応援します。私も応援します。
R君は、本当はやさしい男の子です。ただ少し
気が小さいだけです。あなたもそう思っているでしょ。
 
では、おやすみなさい。
 
はやし浩司

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家庭内暴力について

●思春期の不安

 思春期の不安感は、大きく分類すると、つぎのように分けられる。
抑うつ気分(気分が晴れない)、悲哀感(何を見ても聞いても悲しい)、絶望感、自信喪
失、自責感(自分はダメな人間と思い込む)、罪責感(罪の意識を強くもつ)など。これ
らが高じると、集団に対する不適応症状(不登校、怠学)、厭世気分(生きていることが
無意味と思う)感情の鈍化、感情のコントロール不能(激怒、キレる)などの症状が現れ
る。

 またその前の段階として、軽い不安症状にあわせて、心の緊張感がほぐれない、焦燥感
(あせり)などの症状にあわせて、ものごとに対して突発的に攻撃的になったり、イライ
ラしたりすることもある。(こうした攻撃性が、ときにキレる状態になり、凶暴的、かつ
破滅的な行為に及ぶこともある。)

●行為障害としての家庭内暴力

 こうした症状は、思春期の子どもなら、多かれ少なかれ共通してもつ症状といってもよ
い。が、その症状が一定レベルを超え、子ども自身の処理能力を超えたとき、さまざまな
障害となって、発展的に現れる。それらを大きく分けると、思考障害、感情障害、行為障
害、精神障害、身体的障害の五つになる。

 思考障害……ふつう思考障害というときは、思考の停止(考えが袋小路に入ってしまう)、
混乱(わけがわからなくなる)、集中力の減退(考え方が散漫になってしまう)、想像お
よび創造力の減退(アイデアが思い浮かばない)、記憶力の低下(英語の単語が覚えられ
ない)、決断力の不足(グズグズした感じになる)、反応力の衰退(話しかけても、反応
が鈍い)などをいう。

 感情障害……感情障害の最大の特徴は、自分の感情を、理性でコントロールできないこ
と。「自分ではわかっているのだが……」という状態のまま、激怒したり、突発的に暴れ
たりする。こうした状態を、「そう状態における錯乱状態」と考える学者もいる。ただ私
は、この「自分ではわかっているのだが……」という点に着目し、精神の二重構造性を考
える。コンピュータにたとえていうなら、暴走するプログラムと、それを制御しようとす
るCPU(中央演算装置)が、同時に機能している状態ということになる。(実際には、
コンピュータ上では、こういうことはありえないが……。)

この時期の子どもは、感情障害を起こしつつも、もう一人の自分が別にいて、それをコン
トロールするという特徴がある。その一例として、家庭内暴力を起こす子どもは、(1)
暴力行為の範囲を家庭内でとどめていること。また(2)暴力行為も、(事件になるよう
な特別なケースは別として)、最終的な危害行為(それ以上したら、家庭そのものが破滅
する行為のこと。私はこれを「最終的危害行為」と呼んでいる)に及ぶ、その直前スレス
レのところで抑制することがある。家庭内暴力を起こす子どもが、はげしい暴力を起こし
ながらも、どこか自制的なのは、そのためと考える。

行為障害……軽度のばあいは、生活習慣の乱れ(起床時刻や就眠時刻が守れない)、生活
態度の乱れ(服装がだらしなくなる)、義務感の喪失(やるべきことをしない)、怠惰、
怠学(無気力になり、無意味なサボり方をする)などの症状が現れる。が、それが高ずる
と、社会的機能が影響を受け、集団非行、万引き、さらには回避性障害(他人との接触を
嫌い、部屋に引きこもる)、摂食障害(拒食症、過食症など)を引き起こすようになる。
この段階で、家人は異変に気づくことが多いが、この状態を放置すると、厭世気分が高じ
て、自殺願望(「死にたい」と思う)、自殺企画(自殺方法を考える)、最終的には自殺
行為に及ぶこともある。

精神障害……うつ状態が長期化すると、感情の鈍化(喜怒哀楽の情が消える)、無反応性
(話しかけてもボーッとしている)が現れる。一見痴呆症状に似ているので、痴呆症と誤
解するケースも多い。しかし実際には、ほとんどのケースでは、本人自身が、自分の症状
を自覚していることが多い。これを「病識(自分で自分の症状を的確に把握している)」
という。ある青年は、中学時代、家庭内暴力を起こしていたときのことについて、こう言
った。「いつももう一人の自分がそこにいて、そんなバカなことをするのをやめろと叫ん
でいたような気がする。しかしいったん怒り始めると、それにブレーキをかけることがで
きなくなってしまった」と。

ほかにもう一つ、腹痛や頭痛などの身体的障害もあるが、一般的な病状と区別しにくいの
で、ここでは省略する。

●情緒不安

 よく誤解されるが、情緒が不安定な状態を、情緒不安というのではない。情緒不安とい
うのは、心の緊張感がとれない状態をいう。「気を許さない」「気を抜かない」「気をゆ
るめない」という状態を考えればよい。その緊張しているところに、不安要素が入り込む
と、その不安を解消しようと、一挙に心の緊張感が高まる。このタイプの子どもは、どこ
か神経がピリピリしていて、心を許さない。そのことは軽く抱いてみればわかる。心を許
さない分だけ、体をこわばらせたり、がんこな様子で、それを拒絶したりする。情緒が不
安定になるのは、あくまでもその結果でしかない。

 家庭内暴力を繰り返す子どもは、基本的には、この情緒が不安定な状態にあると考える
とわかりやすい。そのためたいていは(親側からみれば)ささいな親の言動で、子どもは
突発的に凶暴になり、攻撃的な暴力を繰り返す。ある女子(中二)は、母親がガラガラと
ガラス戸を閉めただけで、母親を殴ったり、蹴ったりした。母親には理由がわからなかっ
たが、その女子はあとになってこう言った。「ガラス戸をしめられると、『もっと勉強し
なさい』と、催促をされているような気がした」と。

その女子の家は大通りに面していて、ふだんから車の騒音が絶えなかった。それで子ども
のときから、母親はその女子に「勉強しなさい」と言ったあと、いつもそのガラス戸をガ
ラガラとしめていた。母親としては、その女子の部屋を静かにしてあげようと思ってそう
していたのだが、いつの間にか、それがその女子には「もっと勉強しなさいという催促」
と聞こえるようになった……らしい。

●暴力行為

 家庭内暴力の「暴力」は、その家人にとってはまさに想像を絶するものである。またそ
れだけに深刻な問題となる。その家庭内暴力に、私がはじめて接したケースに、こんなの
がある。

 浜松市に移り住むようになってしばらくのこと。私は親類の女性に頼まれて、一人の中
学三年生男子を私のアパートで、個人レッスンをすることになった。「夏休みの間だけ」
という約束だった。が、教えて始めてすぐ、その中学生は、おとなしく従順だったが、ま
さに「何を考えているかわからないタイプの子ども」ということがわかった。勉強をした
いのか、したくないのか。勉強をしなければならないと思っているのか、思っていないの
か。どの程度まで教えてほしいのか、教えてほしくないのか。それがまったくわからなか
った。心と表情が、完全に遊離していて、どんな性格なのかも、つかめなかった。

 が、その少年は、家庭の中で、激しい暴力行為を繰り返していた。その少年が暴力行為
を繰り返すようになると、母親は仕事をやめ、父親も出張の多いそれまでの仕事をやめ、
地元の電気会社に就職していた。そういう事実からだけでも、その少年の家庭内暴力がい
かに激しかったかがわかる。

その少年を紹介してくれた親類の女性はこう言った。「毎晩、動物のうめき声にも似た少
年の絶叫が、道をへだてた私の家まで聞こえてきました。その子どもが暴れ始めると、父
親も母親も、廊下をはって歩かねばならなかったそうです」と。
私は具体的な話を聞きながら、最初から最後まで、自分の耳を疑った。私が知るその少年
は、「わけのわからない子ども」ではあったが、家の中で、そのような暴力を働いている
とは、とても思えない子どもだったからである。

●心の病気

 こうした抑うつ感が、うつ病につながるということはよく知られている。一般には家庭
内暴力を起こす子どもは、うつ病であると言われる。おとなでも、うつ病患者が突発的に
はげしい暴力行為を繰り返すことは、よく知られている。が、家庭内暴力を起こす子ども
がすべて、うつ病かというと、それは言えない。症状としては重なる部分もあるというだ
けかもしれない。

たとえば学校恐怖症というのがあるが、どこまでが恐怖症で、どこからがうつ病なのか、
その線を引くのがむずかしい。少なくとも、教育の現場では、その線を引くことができな
い。同じように、家庭内暴力を起こす子どもと、うつ病との間に、線を引くことはむずか
しい。そこで比較的研究の進んでいる、うつ病についての資料を拾ってみる。(というの
も、家庭内暴力という診断名はなく、そのため、治療法もないということになっているの
で……。)

 村田豊久氏という学者らが調査したところによると、日本においては、小学二年生から
六年生までの一〇四一人の子どもについて調べたところ、約一三・三%に「うつ病とみな
してよいとの評点を、得点していた」(八九年)という。もちろんこの中には、偽陽性者
(症状としてうつ病に似た症状を訴えても、うつ病でない子ども)も含まれているので、
一三・三%の子どもがすべてがうつ病ということにはならない。

最近の調査研究では、学童全体の約一・八%、思春期の学童の約四・七%が、うつ病とい
うことになっている(長崎医大調査)。が、この数字も、注意してみなければならない。
「うつ病」と診断されるほどのうつ病でなくても、それ以前の軽度、中度のうつ病も含め
るとどうなるかという問題がある。さらに、うつ病もふくめて、こうした情緒障害には、
周期性、反復性がある。数週間単位で、症状が軽減したり、重くなったりすることもある。
そういう子どもはどうするかという問題もある。が、それはさておき、ここでいう「四・
七%」というのは、おおむね、「今という時点において、中学生の約二〇人に一人が、う
つ病である」と考えてよい数字ということになる。

 で、この数字を多いとみるか、少ないとみるかは、別として、こうした子どもたちが、
一方で不登校や引きこもり(マイナス型)を起こし、また一方で家庭内暴力を起こす(プ
ラス型)、その予備軍と考えてよい。(あるいは実際、すでに起こしている子どもも含ま
れる。)で、ここで問題は、二つに分かれる。(1)どうすれば、家庭内暴力も含めて、
どうすれば子どものうつ病を避けることができるか。(2)今、家庭内暴力を起こしてい
る子どもも含めて、どういう子どもには、どう対処したらよいか。

●どうすれば防げるか 

 「すなおな子ども」というとき、私たちは昔風に、従順で、おとなの言うことをハイハ
イと聞く子どもを想像する。しかしこれは、誤解。

教育の世界で、「すなおな子ども」というときには、二つの意味がある。一つは、心の状
態と表情が一致していること。悲しいときには悲しそうな顔をする。うれしいときにはう
れしそうな顔をする、など。が、それが一致しなくなると、いわゆる心と表情の「遊離」
が始まる。不愉快に思っているはずなのに、ニコニコと笑ったりするなど。

 もう一つは、「心のゆがみ」がないこと。いじける、ひがむ、つっぱる、ひねくれるな
どの心のゆがみがない子どもを、すなおな子どもという。心がいつもオープンになってい
て、やさしくしてあげたり、親切にしてあげると、それがそのままスーッと子どもの心の
中にしみこんできくのがわかる。が、心がゆがんでくると、どこかでそのやさしさや親切
がねじまげられてしまう。私「このお菓子、食べる?」、子、「どうせ宿題をさせたいの
でしょう」と。

 ついでに、子どもの心は風船玉のようなもの。「家庭」で圧力を加えると、「園や学校」
で荒れる。反対に「園や学校」で圧力を加えると、「家庭」で荒れる。友人との「外の世
界」で荒れることもある。問題は、荒れることではなく、こうした子どもたちが、いわゆ
る仮面をかぶり、二重人格性をもつことだ。親の前では、恐ろしくよい子ぶりながら、そ
の裏で、陰湿な弟や妹いじめを繰り返す、など。家庭内暴力を起こす子どもなどは、外の
世界では、信じられないほど、よい子を演ずることが多い。

●こわい遊離と仮面

 一般論として、情意(心)と表情が遊離し始めると、心に膜がかかったかのようになる。
教える側から見ると、「何を考えているかわからない子ども」、親から見ると、「ぐずな
子ども」ということになる。あるいは「静かで、おとなしい子ども」という評価をくだす
こともある。ともかくも心と表情が、ミスマッチ(遊離)するようになる。ブランコを横
取りされても、笑みを浮かべながら渡す。失敗して皆に笑われているようなときでも、表
情を変えず平然としている、など。「ふつうの子どもならこういうとき、こうするだろう
な」という自然さが消える。が、問題はそれで終わらない。

 このタイプの子どもは、表情のおだやかさとは別に、その裏で、虚構の世界を作ること
が多い。作るだけならまだしも、その世界に住んでしまう。ゲームのキャラクターにハマ
りこんでしまい、現実と空想の区別がつかなくなってしまう、など。ある中学生は、毎晩、
ゲームで覚えた呪文を、空に向かって唱えていた。「超能力をください」と。あるいはも
のの考え方が極端化し、先鋭化することもある。異常な嫉妬心や自尊心をもつことも多い。

 原因の多くは、家庭環境にある。威圧的な過干渉、権威主義的な子育て、親のはげしい
情緒不安、虐待など。異常な教育的過関心も原因になることがある。子どもの側からみて、
息を抜けない環境が、子どもの心をゆがめる。子どもは、先ほども書いたように、一見「よ
い子」になるが、それはあくまでも仮面。この仮面にだまされてはいけない。こうした仮
面は、家庭内暴力を繰り返す子どもに、共通して見られる。

 子どもの心を遊離させないためにも、子育ては、『まじめ八割、いいかげん二割』と覚
えておく。これは車のハンドルの遊びのようなもの。子どもはこの「いいかげんな部分」
で、羽をのばし、自分を伸ばす。が、その「いいかげん」を許さない人がいる。許さない
というより、妥協しない。外から帰ってきたら、必ず手洗いさせるとか、うがいさせるな
ど。このタイプの親は、何ごとにつけ完ぺきさを求め、それを子どもに強要する。そして
それが子どもの心をゆがめる。が、悲劇はまだ続く。このタイプの親に限って、その自覚
がない。ないばかりか、自分は理想的な親だと思い込んでしまう。中には父母会の席など
で、堂々とそれを誇示する人もいる。

 なお子どもの二重人格性を知るのは、それほど難しいことではない。園や学校の参観日
に行ってみて、家庭における子どもと、園や学校での子どもの「違い」を見ればわかる。
もしあなたの子どもが、家庭でも園や学校でも、同じようであれば、問題はない。しかし
園や学校では、別人のようであれば、ここに書いた子どもを疑ってみる。そしてもしそう
なら、心の開放を、何よりも大切にする。一人静かにぼんやりとできる時間を大切にする。

●前兆症状に注意
 子どもの心の変化を、的確にとらえることによって、子どもの心の病気を未然に防ぐこ
とができる。チェック項目を考えてみた。

○ ときどきもの思いに沈み、ふきげんな表情を見せる(抑うつ感)
○ 意味もなく悲しんだり、感傷的になって悲嘆する(悲哀感)
○ 「さみしい」「ひとりぼっち」という言葉を、ときどきもらす(孤独感)
○ 体の調子が悪いとか、勉強が思い通りに進まないとこぼす(不調感)
○ 「どうせ自分はダメ」とか、「未来は暗い」などと考えているよう(悲観)
○ 何をするにも、自信がなく、自らダメ人間であると言う(劣等感)
○ 好きな番組やゲームのはずなのに、突然ポカンとそれをやめてしまう(感情の喪
失)
○ ちょっとしたことで、カッと激怒したり、人が変わったようになる(緊張感)
○ イライラしたり、あせったりして、かえってものごとが手につかないよう(焦燥
感)
○ ときどき苦しそうな表情をし、ため息をもらうことが多くなった(苦悶)
○ 同じことを堂々巡りに考え、いつまでもクヨクヨしている(思考の渋滞)
○ 考えることをやめてしまい、何か話しかけても、ただボーッとしている(思考の
停止)
○ 何かの行動をすることができず、決断することができない(優柔不断)
○ ワークなど、問題集を見ているはずなのに、内容が理解できない(集中困難)
○ 「自分はダメだ」「悪い人間だ」と、自分を責める言動がこのところ目立つ(自
責感)
○ 「生きていてもムダ」「どうせ死ぬ」と、「死」という言葉が多くなる(希死願
望)
○ 行動力がなくなり、行動半径も小さくなる。友人も極端に少なくなる(活動力低
下)
○ 動きが鈍くなり、とっさの行動ができなくなる。動作がノロノロする(緩慢行動)
○ ブツブツと独り言をいうようになる。意味のないことを口にする(内閉性)
○ 行動半径が小さくなり、行動パターンも限られてくる(寡動)
○ 独りでいることを好み、家族の輪の中に入ろうとしない(孤立化)
○ 何をしても、時間ばかりかかり、前に進まない(作業能率の低下)
○ 具体的に死ぬ方法を考え出したり、死後の世界を頭の中で描くようになる(自殺
企画)

こうした前兆症状を繰り返しながら、子どもの心は、本来あるべき状態から、ゆがんだ状
態へと進んでいく。

●家庭内暴力の特徴
 家庭内暴力といわれる暴力には、ほかには見られない特徴がいくつかある。

(1) 区域限定的

 家庭内暴力は、その名称のとおり、「家庭内」のみにおいて、なされる。これは子ども
の側からみて、自己の支配下のみで、かつ自己の抑制下でなされることを意味する。その
暴力が、家庭を離れて、学校や社会、友人の世界で起こることはない。

(2) 最終的危害行為にまでは及ばない

 子どもは、自分ができる、またできるギリギリのところまでの暴力を繰り返すが、その
一線を越えることはない。(たまに悲惨な事件がマスコミをにぎわすが、ああいったケー
スはむしろ例外で、ほとんどのばあい、子ども自身が、暴力をどこかで抑制する。)どこ
か子ども自身が、「ここまでは許される」というような冷静な判断をもちつつ、暴力を繰
り返す。これを私は「精神の二重構造性」と呼んでいる。言いかえると、これを反対にう
まく利用して、子どもの心に訴えるという方法もある。私もよく、そういう家庭の中に乗
り込んでいって、子どもと対峙したことがある。そういうとき、もう一方の冷静な子ども
がいることを想定して、つまりその子どもに話しかけるようにして、諭すという方法をと
る。「これは暴れる君ではない。もう一人の君だ。わかるかな。本当の君だよ。本当の君
は、やさしくて、もう一人の君を嫌っているはずだ。そうだろ?」と。大切なことは、決
して子どもを袋小路に追い込まないこと。励ましたり、脅したりするのは、タブー中のタ
ブー。

(3) 計算された恐怖

 子どもが暴力を振るう目的は、親や兄弟に、恐怖を与えること。その恐怖を与えること
によって、相手を自分の支配下に置こうとする。方法としては、暴力団の構成員が、恐怖
心を相手に与えて、自分の優位性を誇示しているのに似ている。そしてその恐怖は、計算
されたもの。決して突発的、偶発的なものではない。繰り返すが、ここが、子どもがほか
で見せる暴力とは違うところ。妄想性を帯びることもあるが、たとえば分裂病患者がもつ
ような、非連続的な妄想や、了解不能な妄想をもつことはない。このタイプの子どもは、
どうすれば相手が自分の暴力に恐怖を覚え、自分に屈服するかを計算しながら、行動する。
そういう意味では、「依存」と「甘え」が混在した、アンビバレンツ(両価的)な状態と
いうことになる。

●家庭内暴力には、どう対処するか
 家庭内暴力に対処するには、いくつかの鉄則がある。

(1) できるだけ初期の段階で、それに気づく

家庭内暴力が家庭内暴力になるのは、初期の段階での不手際、家庭教育の失敗によるとこ
ろが大きい。子どもが荒れ始めると、親はこの段階で、説教、威圧、暴言、暴力を使って
子どもを抑えようとする。体力的にもまだ親のほうが優勢で、一時はそれで収まる様子を
見せることが多い。しかしこうした無理や強制は、それがたとえ一時的なものであっても、
子どもの心には取り返しがつかないほどのキズを残す。このキズが、その後、家庭内暴力
を、さらに凶暴なものにする。

(2)「直そう」とか、「治そう」と思わないこと

一度、悪循環に入ると、「以前のほうが、まだ症状が軽かった」ということを繰り返しな
がら、あとはドロ沼の悪循環におちいる。この悪循環の「輪」に入ると、あとは何をして
も裏目、裏目と出る。子どもの心の問題というのは、そういうもので、たとえばこれは非
行の例だが、「門限を過ぎても帰ってきた、そこで親は強く叱る」→「外泊する。そこで
親は強く叱る」→「家出を繰り返す、そこで親は強く叱る」→「年上の男性(女性)と、
同棲生活を始める、そこで親は強く叱る」→「性病になったり、妊娠したりする……」と
いう段階を経て、状態は、どんどんと悪化する。

そこで大切なことは、一度、こうした空回り(悪循環と裏目)を感じたら、「今の状態を
それ以上悪くしないこと」だけを考えて、親は子どもの指導から思い切って手を引く。「直
そう」とか、「治そう」と思ってはいけない。つまり子どもの側からみて、子どもを束縛
していたものから子どもを解き放つ。(親にはその自覚がないことが多い。)その時期は
早ければ早いほどよい。また子どもの症状は、数か月、半年、あるいは一年単位で観察す
る。一時的な症状の悪化、改善に、一喜一憂しないのがコツ。

(2) 愛情の糸は切らない

 家庭内暴力は、あくまでも「心の病気」。そういう視点で対処する。脳そのものが、イ
ンフルエンザにかかったと思うこと。熱病で、苦しんでいる子どもに、勉強などさせない。
ただ脳がインフルエンザにかかっても、外からその症状が見えない。だから親としては、
子どもの病状がつかみにくいが、しかし病気は病気。そういう視点で、いつも子どもをみ
る。無理をしてはいけない。無理を求めてもいけない。この時点で重要なことは、「どん
なことがあっても、私はあなたを捨てません」「あなたを守ります」という親の愛情を守
り抜くこと。ここに書いたように、これはインフルエンザのようなもの。本当のインフル
エンザのように、数日から一週間で治るということはないが、しかし必ず、いつか治る。
(治らなかった例はない。症状がこじれて長期に渡った例や、副次的にいろいろな症状を
併発した例はある。)必ず治るから、そのときに視点を置いて、「今」の状態をみる。こ
の愛情さえしっかりしていれば、子どもの立ち直りも早いし、予後もよい。あとで笑い話
になるケースすらある。

(3) 心の緊張感をほぐす

 一般の情緒不安と同じに考え、心の緊張感をほぐすことに全力をおく。そのとき、何が、
「核」になっているかを、知ることが大切。多くは、将来への不安や心配が核になってい
ることが多い。自分自身がもつ学歴信仰や、「学校へは行かねばならないもの」という義
務感が、子ども自らを追い込むこともある。よくあるケースとしては、子どもの心を軽減
しようとして、「学校へは行かなくてもいい」と言ったりすると、かえって暴力がはげし
くなることがある。子ども自身の葛藤に対しては、何ら解決にはならないからである。

 だいたい親自身も、それまで学歴信仰を強く信奉するケースが多い。子どもはそれを見
習っているだけなのだが、親にはその自覚がない。意識もない。子どもが家庭内暴力を起
こした段階でも、「まともに学校へ行ってほしい」「高校くらいは出てほしい」と願う親
は多い。が、それも限界を超えると、そのときはじめて親は、「学校なんかどうでもいい」
と思うようになるが、子どもはそれほど器用に自分の考えを変えることができない。そこ
で葛藤することになる。「どんどん自分がダメになる」という恐怖の中で、情緒は一挙に
不安定になる。

 ただ症状が軽いばあいは、子どもが学校へ行きやすい環境を用意してあげることで、暴
力行為が軽減することがある。A君は、夏休みの間、断続的に暴力行為を繰り返していた
が、母親が一緒になって宿題を片づけてやったところ、その暴力行為は停止した。このケ
ースでも、子ども自身が、自分を追い込んでいたことがわかる。

(4) 食生活の改善

 家庭内暴力とはやや、内容を異にするが、「キレる子ども」というのがいる。そのキレ
る子どもについて、最近にわかにクローズアップされてきたのが、「セロトニン悪玉説」
である。つまり脳間伝達物質であるセロトニンが異常に分泌され、それが毒性をもって、
脳の抑制命令を狂わすという(生化学者、ミラー博士ほか)。アメリカでは、「過剰行動
児」として、もう二〇年以上も前から指摘されていることだが、もう少し具体的に言うと
こうだ。たとえば白砂糖を多く含む甘い食品を、一時的に過剰に摂取すると、インスリン
が多量に分泌され、それがセロトニンの過剰分泌を促す。そしてそれがキレる原因となる
という(岩手大学の大沢博名誉教授や大分大学の飯野節夫教授ほか)。

 このタイプの子どもは、独特の動き方をするのがわかっている。ちょうどカミソリの刃
でスパスパとものを切るように、動きが鋭くなる。なめらかな動作が消える。そしていっ
たん怒りだすと、カッとなり、見境なく暴れたり、ものを投げつけたりする。ギャーッと
金切り声を出すことも珍しくない。幼児でいうと、突発的にキーキー声を出して、泣いた
り、暴れたりする。興奮したとき、体を小刻みに震わせることもある。

 そこでもしこういう症状が見られたら、まず食生活を改善してみる。甘い食品を控え、
カルシウム分やマグネシウム分の多い食生活に心がける。リン酸食品も控える。リン酸は
日もちをよくしたり、鮮度を保つために多くの食品に使われている。リン酸をとると、せ
っかく摂取したカルシウムをリン酸カルシウムとして、体外へ排出してしまう。一方、昔
からイギリスでは、『カルシウムは紳士をつくる』という。日本でも戦前までは、カルシ
ウムは精神安定剤として使われていた。それはともかくも、子どもから静かな落ち着きが
消えたら、まずこのカルシウム不足を疑ってみる。ふつう子どものばあい、カルシウムが
不足してくると、筋肉の緊張感が持続できず、座っていても体をクニャクニャとくねらせ
たり、ダラダラさせたりする。

 これはここにも書いたように、キレる子どもへの対処法のひとつだが、家庭内暴力を繰
り返す子どもにも有効である。

 最後に家庭内暴力を起こす子どもは、一方で親の溺愛、あるいは育児拒否などにより、
情緒的未熟性が、その背景にあるとみる。親は突発的に変化したと言うが、本来子どもと
いうのは、その年齢ごとに、ちょうど昆虫がカラを脱ぐように、段階的に成長する。その
段階的な成長が、変質的な環境により、阻害されたためと考えられる。よくあるケースは、
幼児期から少年少女期にかけて、「いい子」で過ごしてしまうケース。こうした子どもが、
それまで脱げなかったカラを一挙に脱ごうとする。それが家庭内暴力の大きな要因となる。
そういう意味では、家庭内暴力というのは、もちろん心理的な分野からも考えられなけれ
ばならないが、同時に、家庭教育の失敗、あるいは家庭教育のひずみの集大成のようなも
のとも考えられる。子どもだけを一方的に問題にしても意味はないし、また何ら解決策に
はならない。

(以上、未完成ですが、また別の機会に補足します。)


●子どもの問題・・・子どもに関する問題 ●親子の問題・・・親子に関する問題
●家庭の問題・・・夫婦家族に関する問題 ●その他・・・その他の問題


情報・画像の出展:はやし浩司先生

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